私が開院した理由

高校野球時代のケガがきっかけ

 甲子園を目指し毎日、厳しい練習に明け暮れ、休みは年に数日。
 レギュラー争いで休める状況ではなく、痛くても我慢をして自然に
 治るのを待つのみでした。痛みが限界にきてから病院や接骨院に
 通ってもすぐに良くならず、毎日が痛みとの闘いでした。

 限界の中、通院していた接骨院の先生に治療・体のケアをして頂き
 野球が出来るまでに回復しました。
 先生の人柄に魅かれ、体を治す素晴らしさ、野球でができる喜びを
 教えて頂いたのがこの道にすすむきっかけとなりました。


仕事・学業・そして・・・

 高校を卒業後、大東医学専門学校へ入学でき、お世話になった
 接骨院で見習いとしてスタート出来ました。

 仕事を5時で切り上げ、夜は9時過ぎまで学業、帰って来ると10時過ぎの
 毎日でした。仕事も医療の勉強も始めてで精神的、身体的に疲労困憊でしたが
 部活で鍛え上げた精神力で無事、卒業、国家資格に合格出来ました。

 そして・・国家資格に合格すると同時に病に伏せることに

原因不明の腫瘍(良性)が喉にでき、手術。

 初めは簡単に考えていました。腫瘍を取れば今ま通りの生活が出来ると
 思ってました。ところが出来た場所が良くなったらしく、術後は最悪。
 飲まず食わずの生活が3カ月続き、毎日朝から点滴、話すことすら
 できなくなってしまいました。お陰で13キロ痩せ、体力は落ち、
 ベットから起きて歩くのでさえ疲れてしまう程でした。
 リハビリに1年費やし、飲食で来るようになりましたが、声帯のマヒだけは
 どうにもならず、今現在も声のかすれはあります。

 お陰さまでH10年に生まれ育った久喜市で開院出来るまでになりました。


 こんな経験をした私ですから皆さんの痛みや苦しみを十分理解できます。
 今、あなたが抱えている痛み、苦しみに少しでもお役に立てればと思って
 います。

 この経験を忘れず家族、両親、兄弟、仲間、来院してくださる患者さんへの
 感謝とありがとうの気持ちを持ち技術向上に努めていきます。



 初診時には声が聞き取りづらいなどあると思いますがお気軽にご相談ください。

このページの先頭へ